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【アンビリーバボー】壮絶な愛の物語に出演者感動【まとめ】

読了までの目安時間:約 9分

 



今日放送された「アンビリーバボー」にて、ある壮絶な愛のストーリーが語られました。

それは、携帯もメールも無い時代、運命のいたずらに引き裂かれそうになっても、男と女が貫いた純粋な愛の軌跡でした。

時代に翻弄されても、2人を結ぶ愛は、意外な結末を迎えるのでした。

どのようなストーリーなのか、見てみましょう。

出会い

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主人公は、1920年、7人兄弟の次女として神戸で生まれた渡辺信子さん。

彼女の将来の夢は看護師さんでした。

夢を追い、女学校卒業後、試験に挑むも不合格。

その後、家事手伝いをしながら暮らしていた彼女に、出会いが訪れました。

 

それは、故郷の大分を出て、神戸高等商船学校に入学した梅木靖之さんでした。

靖之さんの姉は渡辺家に嫁いでいたので、親戚にあたる人物でした。

神戸で寮生活をするにあたって、挨拶にしに来たんだそうです。

出会ったその日に、信子さんは彼に好意を持ちました。

 

出会いから1か月後、靖之さんから信子さんにお手紙が。

その内容はこうでした。

「先日は信子さんにお目にかかれてとても嬉しかったです」

「また信子さんにお会いできることを楽しみにしています」

つまり、彼も好意を持っていたということですね。

幸せな日々

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こうして、文通から交際が始まりました。

しかし、靖之さんが通う商船学校と言えば、上下関係がとても厳しい学校だったんです。

「女性との交際などもってのほか!」な雰囲気で、常に上級生の目が光っていました。

そのため、2人で会うのは人目に付かない場所となっていました。

 

商船学校を卒業したら、靖之さんは捕鯨船に乗って大きなクジラを取るのが夢だったんだそう。

そして、話の流れで、信子さんは試験に落ちて看護師の夢を断たれたこと、これからどうしていこうかと悩んでいることを打ち明けました。

すると、靖之さんは「気持ちを強く持って生活すれば、夢はかないますよ」と励ましてくれたんです。

 

2人の付き合いは、出会ってから1年経っても手なんてつないだことすらないほどでした。

当時のことを、信子さんはこう語ります。

「昔はそういうことしなかったの」

「溝なんか跳び越えるときは、ちょっと支えられるでしょ?(支えられた時)電流が流れたみたいで、全てが神秘的だった」

 

交際を続けるうち、自然と互いの家族も認める仲となり、どちらからともなく、結婚という話も出てきました。

そして、大分で式をあげようと話し合うほどにまで話は進んでいっていました。

時代は戦争へ

ですが、出会いから3年、時代は太平洋戦争へと向かいます。

靖之さんは、卒業と同時に軍人となることになってしまいました。

 

とはいえ、出征して間もないころは、手紙のやりとりができました。

実際の手紙には、父に具体的な結婚の話をしたこと、結婚を賛成してもらい、入籍もいつでもできるということが書かれていました。

つまり、戦争が終わるのを待たずに結婚しようという内容です。

ちなみに、当時の結婚には、両家の許可と海軍の許可も必要だったんです。

 

また、手紙にはこうも書かれていました。

「日本の軍人として奉公して、帰って来れれば良いものの、そうともいかなかった際のただ一つの贈り物です」

 

召集から9か月後、激しさを増す戦争の中、靖之さんは激戦地の南方海域へ向かうことになったんです。

靖之さんが戦死したら未亡人になるため、信子さんは父親から、戦争が終わるまで結婚を反対されることとなってしまいました。

 

ですが、戦争は終わる気配はなく、手紙も徐々に減り、2か月以上も便りが途絶えてしまいました。

 

そんなある日、靖之さんの家族から電話が。

内容は靖之さんの乗ってた戦艦が、沖縄の海を航海中、魚雷を受け撃沈。

享年26歳でした。

 

最愛の人の戦死を知らされた信子さん。

彼女の恋は終わりを告げました…。

葬式での信子さんの決意

靖之さんの戦死から2か月後、信子さんは父親と共に、靖之さんの実家のある大分へ旅立ちました。

実家に到着すると、信子さんはある衣装に着替えます。

 

それは花嫁衣裳。

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死亡すると戸籍から除かれるので、基本的に入籍ができないんですが、戦時中ということもあり、特例として認められたんです。

つまり、信子さんは遺影と結婚式を挙げたんです。

 

当時の心境をつづった、信子さんの著書「ひとりは安らぎ感謝の時」には、こう書かれています。

「(靖之さんが)自分の欠点・長所すべてを理解し、励まし、力づけてくれた」

「生まれて初めて人に愛される喜びを知った」

 

靖之さんは、戦地に赴いた後も励まし続けていたんですね。

 

戦死する3か月前、信子さんは、靖之さんにこんな手紙を送っていました。

 

貴方の上にも、今夜この美しいお月さまは輝いていらっしゃるでしょうか。

1つ1つの星が、いろんな話をしてくれるようです。

「あなたの大事な人の居所を知っていますよ」

「あなたの方へ向かって航海していますよ」

星の話を信じてよいのでしょうか。

お逢いできますよう祈るのみ。

お許しいただけるならご一緒にいきます。

 

待ち続けるひたむきな信子さんの姿勢に、父親も結婚を認めたんです。

ですが、晴れ姿を見せても夫は何も語りかけてはくれません。

誰一人声をたてない、静寂な結婚式だったそうです。

「ただ一つの贈り物」

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ですが、入籍を済ませた信子さんに、海軍から意外な知らせが届きました。

 

それは、医学校の学費免除という権利です。

 

海軍軍人の遺族には、医学校への入学金、及び、学費免除という権利が与えられるんです。

 

看護師の夢を閉ざされた信子の夢を叶えたい。

そこで、明日の命を知れないのにも関わらず、靖之さんは入籍を急ぐために海軍に結婚許可願を申請。

海軍内だけで10部署以上を周るなど奔走したんです。

靖之さんの尽力の甲斐あって、信子さんは妻として正式に認められ、医者という道を手に入れたんです。

 

これが、靖之さんからの「ただ一つの贈り物」だったんです。

 

信子さんはもちろん、彼の思いにこたえるべく猛勉強をし、医学校へ入学。

卒業後、医師となったんです。

現在

現在も、神戸の河合病院に信子さんの姿があります。

96歳になった今でも現役なんですよ。

 

さらに、苗字は「梅木」。

再婚することなく過ごすこと70年です。

 

信子さんはこう語ります。

「医者になれたのも彼のおかげ」

「こんなありがたい仕事は無いと思う」

 

命に代えて、靖之さんが残してくれた生きる道。

今日も人の命を救い続けます。

 

2016年5月、信子さんはある場所へ向かいます。

そこは、上級生の目を避けて逢瀬を重ねた思い出の地・淡路島。

戦争の足音も聞こえなかった当時、2人は「幸せになりましょう」など、そんな話をしていたんですって。

 

「生まれ変わったらもちろんまた一緒になります。そんなこと無いけどねぇ」と微笑みながら、信子さんはそう語っていました。

 

愛が無いとできないことですね。

素敵な話でした。

それでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。

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